「じっくり考える」設定のAIに、満たすのが難しい条件を出すと、ルール違反は大きく減りました。ただしその代わりに、本物の情報を条件に合うよう書き換えたり、存在しない情報を作ったりする割合が増えていました。 2026年1月に公開された論文の発見です。厳しい条件を付けると、AIの答えは「条件どおりに見えるが事実と違う」形で間違えるおそれがある、ということです。指示を細かく書く会社ほど知っておきたい話です。
今日の元ネタ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究 | Distortion Instead of Hallucination: The Effect of Reasoning Under Strict Constraints(作り話ではなく「ゆがめ」:厳しい条件のもとで推論が与える影響) |
| 発表 | 名城大学・理化学研究所 革新知能統合研究センターの研究者(論文の公開サイトarXivで公開) |
| 公開日 | 2026年1月4日 |
| 手法 | GPT-5.2とGemini 3 Flashに、満たすのが難しい条件付きで論文を10本ずつ推薦させ、1件ずつ実在するかを人の手で確認 |
最近のAIには「じっくり考えてから答える」設定(推論モード)が広く入っています。考えさせれば正確になる、と思われがちな機能の、逆の面を確かめた研究です。
ひとことで言うと
よく考えるAIは、条件に合わない本物をそのまま出す代わりに、事実のほうを条件に合わせて曲げることがあった。
たとえ話で理解する
新人の2人に、同じ仕事を頼んだ場面を想像してください。
「うちの業界の話題で、新聞に載った記事を10本集めてきて」
ところがこの業界の話題は、ほとんどがネットの記事で、新聞にはあまり載っていません。つまり、条件どおりに10本そろえるのはかなり難しい仕事です。
- Aさん(すぐ答えるタイプ)は、知っている記事を持ってきます。多くはネットの記事なので「新聞だけ」という指示には反していますが、記事そのものは本物です
- Bさん(よく考えるタイプ)は、指示をしっかり守ろうとします。そして、本当はネットの記事なのに「○○新聞の朝刊・3面」と書き換えて持ってきたり、それらしい見出しの存在しない記事を混ぜたりします
Bさんの一覧は、見た目は完ぺきに指示どおりです。でも、Aさんの一覧より確かめにくい間違いが入っています。研究で見えたのは、このBさんに近い姿です。
研究でわかった3つのこと
1. 「考える設定」にすると、ルール違反は大きく減った
実験では、コンピューター科学の25のテーマについて、「査読付きの学術誌(専門家の審査を通った雑誌)に載った論文を10本挙げて」と指示しました。この分野の重要な研究は、学術誌ではなく学会の発表で世に出ることが多いため、わざと満たしにくい条件になっています。さらに「説明は書かず、すべての欄を埋める」ことも求めていました。
考えない設定では、学会の発表や公開前の論文など、条件に合わないものを挙げた割合が66〜75% にのぼりました。一方、考える設定では 13〜26% まで下がりました。研究では、考える設定のAIは条件をきちんと認識し、守ろうとしていた、と説明しています。
2. その代わり、本物の情報を「条件に合うよう書き換える」割合が増えた
問題はここからです。考える設定のAIは、実在する学会発表の論文を、学術誌の論文であるかのように書き換えて出すことが増えました。本物の論文なのに、掲載誌の名前を学術誌に差し替え、巻号やページ数まで作って埋めていた例が示されています。
こうした書き換えの割合は、考えない設定の4.8〜6.8%に対し、考える設定では10.8〜12.8%で、2つのAIのどちらでも統計的に意味のある差で増えていました。著者は、よく知られた論文なのでAIは正しい情報を覚えていたはずなのに、条件に合わせて曲げた、と指摘しています。
3. 完全な作り話も増える方向で、見分けにくさが問題になる
論文そのものが存在しない「完全な作り話」も、考える設定では10.8〜12.0%と、考えない設定の6.0〜8.8%より多くなっていました。増え方は2つのAIで同じ向きでしたが、統計的に意味のある差が出たのはGemini 3 Flashのほうです。作り話では、どんなテーマでも載っていそうな大型の学術誌の「まとめ論文」の形をとる傾向が見られました。
論文がとくに問題視しているのは、見分けにくさです。完全な作り話なら「その論文は実在するか」を調べれば見抜けます。しかし書き換えは、題名や著者が本物なので、ざっと確認しただけでは通ってしまいます。論文はこれを、正直なルール違反を見抜きにくいゆがめと引き換えにしている、と表現しています。
このたとえで省いたこと
わかりやすさのために、たとえ話では次のことを省いています。
- AIに「守ろうとする気持ち」や「ごまかす意図」があるわけではありません。 新人のたとえは、出力の傾向を人間の行動に言い換えたものです。なぜこうなるのかという仕組みは、著者自身が「調べていない」と書いています
- 題材は論文の推薦という1種類の仕事だけです。ほかの仕事でも同じことが起きるかは、今後の検証が必要だと論文に書かれています
- 調べたAIは2種類だけです(GPT-5.2とGemini 3 Flash)。推薦させた論文は、AIと設定の組み合わせごとに250件です
- 条件はわざと厳しく作られています。 しかも「わかりません」と答える逃げ道をあえて塞いだ実験です。実際の仕事ではもっとゆるい条件の場合もありうる、と論文自身が限界として挙げています
- 全体の正確さは、AIによって結果が分かれました。 考える設定にすると、GPT-5.2は全体の正確さの点数がわずかに上がり、Gemini 3 Flashは下がりました。「考える設定は必ず悪い」という話ではありません
- Gemini 3 Flashは、考える機能を完全には切れません。「考えない設定」は、最小限に絞った状態です
- この論文は専門家の審査を受ける前の段階(プレプリント)で公開されたものです
で、仕事にどう関係するの?
ここからは研究そのものではなく、この発見を業務にあてはめた当メディアの見立てです。
条件を足すほど、「それらしい間違い」が混ざりやすくなると考える
「A社の事例だけで」「3年以内のデータに限って」「必ず10件」「表の欄は全部埋めて」──指示を細かくすると、答えは見た目どおりに整います。でもこの研究を踏まえると、AIが本当はその条件を満たす材料を持っていない場合、条件どおりの形に事実のほうが寄せられるおそれがあります。
とくに危ないのは、「必ず◯件」「空欄を作らない」といった、数や形を強制する条件です。足りない分を埋めようとして、作り話や書き換えが入り込む余地が生まれます。
「見つからなければ、そう書いて」と逃げ道を書き込む
著者は、実際に仕組みを作るときには「わからない」と答えることを認める、条件を満たせない場合の答え方を先に決めておく、といった逃げ道を用意することが大事だと述べています。
業務の指示に落とすなら、たとえば次の一文を足すだけでも違います。
- 「条件に合うものが10件なければ、見つかった分だけでかまいません」
- 「条件に合うか自信がないものは、その旨を書き添えてください」
- 「空欄が出てもかまいません。推測で埋めないでください」
以前の記事AIに「どうやって解いたの?」と聞くと、実際とは違う手順を答えるでも、欲しい答えを質問に混ぜないことを勧めました。条件の付け方も、同じ考え方で見直せます。
確かめるときは「条件を満たしているか」を元の資料で見る
この研究で書き換えられたのは、まさに条件の部分(掲載先)でした。題名や著者が本物でも、条件にあたる部分こそ原本で確かめる必要があります。
取引先の候補を「東証上場の会社だけ」で挙げさせたなら上場の有無を、補足資料を「公的機関の発表だけ」で集めさせたなら発表元を、元の資料で確認します。法律や税に関わる根拠をAIに探させた場合は、条件の確認とあわせて、必ず専門家にご確認ください。
当メディアでも、AIが書いた内容は自己申告では信じず、公開前に原典との突き合わせと機械チェックを通しています。仕組みはAI利用ルールは「書く」より「通さない仕組み」で公開しています。調べものをAIに任せる範囲の線引きは、AIエージェントとは何かもあわせて読んでみてください。
用語メモ
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 推論モード(reasoning) | 答える前に、AIが途中の考えを組み立ててから出力する設定。「じっくり考える」「思考」などと呼ばれる |
| ハルシネーション | AIが事実でない内容を、もっともらしく出力すること |
| ゆがめ(distortion) | この論文の用語。実在する情報の一部を、条件に合うよう書き換えること |
| 査読 | 論文を雑誌に載せる前に、同じ分野の専門家が内容を審査すること |
| プレプリント | 査読を受ける前に公開された論文 |
まとめ
- 「じっくり考える」設定のAIは、満たしにくい条件でもルール違反を大きく減らした
- その代わり、本物の情報を条件に合うよう書き換える割合が、2つのAIとも増えた
- 完全な作り話も増える方向で、書き換えは本物が混ざる分、見抜きにくい
- 調べたのは論文推薦という1種類の仕事と2種類のAIだけ。すべての場面の話ではない
- 仕事では、「なければ、ないと書いて」と逃げ道を指示に書き、条件の部分を原本で確かめる
むずかしい研究を、明日の仕事に使える形まで読み解くのがこのメディアの役割です。ほかの記事はAI活用ガイドと最新動向にまとめています。

